世界で一番美味しい甘酒(トメさん印)

ジグザグな雑文

ある日の訪問看護

先日、87歳の笑顔が素敵なおばあちゃん、山田トメさん(仮名)のご自宅に、訪問看護師としてサービスのために伺った。トメさんは若いうちにご主人を亡くし、苦労に苦労を重ねて自分で事務用品の卸売りの事業を立ち上げ、女手一つで二人の子供を育て上げた。

※ 個人情報保護のため、一部内容を変更しています

「女だもんでねえ、男の人に混じって仕事をしていくのは大変だったよ。アハハハハハハ!」

トメさんは耳が遠くて補聴器を使用しているが、自分の声も聞こえないようで話し声が異様に大きい。大きな口を開けて、首をのけ反らせて見せてくれる屈託のない笑顔が非常に可愛い。口癖は「ありがとね」。

「ありがとね! アハハハハハハ!」

ユケメンE
私の口癖は「お金貸してくれる? 返さんけど♡」

訪問看護が開始になったばかりの頃のトメさんは、下半身に重度の浮腫みがあった。喘鳴もあり呼吸状態も不安定で、在宅酸素の導入も視野に入れて経過を観察していた。訪問を続けていくうちに浮腫みは軽減し、喘鳴も消失して呼吸状態も一時と比べると安定してきた。

トメさんはトイレで排泄したり食事を自分で摂ったりすることは出来るが、家事を自分で行うことは出来ない。日中、娘さんが働きに出ているため、広い家にはトメさんが一人きりで留守番をしている。

「トメさん、退屈じゃない?」

「退屈だよ! でも、やりたいことも無いもんでねえ! アハハハハハ!」

トメさんの声はかすれていて、やたらとでかい。

「若いころの趣味は?」

「仕事ばかりで、趣味なんて持てなかったもんでねえ! アハハハハハハ!」

ユケメンE
私の趣味は変顔の研究

発言の度に、トメさんは大声で笑う。私も笑う。一回30分の訪問看護の中で、トメさんと私は何度も、何度も互いの顔を見合わせながら大笑いする。別に面白いことが無くても、二人で大笑いをしていると楽しい。

「知り合いもみんな死んじゃったもんねえ!」

そう言ったトメさんは少し寂しげだった。

「テレビもあんまり観ない?」

「テレビも面白いのやってないもんでねえ! アハハハハハハ!」

それでもトメさんの部屋のテレビは、いつもつけっぱなしになっている。

「やってないねえ。トメさんがテレビに出たら面白いのにねえ」

「それじゃあ、今度、出てみようかねえ! アハハハハハハ!」

トメさんは冗談にちゃんと乗って来てくれる。

ユケメンE
私も乗りたいんだけど、何故か誰も冗談を言ってこないんだよね

「お茶でも飲んでいくか」

バイタル測定、呼吸・全身状態の観察、下肢の筋力訓練、トイレ誘導を終えた時、トメさんが私をお茶に誘ってくれた。初めての事だった。

トメさんは台所をゴソゴソし、ビニールの小袋を二つ出した。

「これねえ、甘酒!」

嬉しそうな満面の笑顔で言ったトメさんは、食器棚からコーヒーカップを二つ取り出す。

火傷のないように注意して見守る私の心配をよそに、トメさんはブルブルと震える手で、コーヒーカップにポットから上手に湯を注いだ。注ぎ終わったコーヒーカップを、トメさんがテーブルの上にブルブルと置く。

スプーンでかき混ぜるのは私が分担した。

お湯を注いで混ぜるだけ。

連携プレイで甘酒が完成した。

ユケメンE
フゥーフゥーは僕がしてあげるね♡

「いただきます」

キッチンのテーブルに向かい合うようにして座り、私たちはコーヒーカップで甘酒を飲んだ。

「トメさん、美味しい!!!」

私は思わず感嘆の声を上げた。

「美味しい? 良かったねえ~! アハハハハハハ!」

温かくて白い甘酒が、本当に美味しかった。しつこくなくて、それでいて物足りなくもなく、ちょうどよい完璧な甘さ。酒粕のザラザラとした舌触りが、何とも言えずにいい。寒い冬の冷えた体が内部から温まる。

ユケメンE
五臓六腑に沁み込むってやつだね♡

「美味しい!!!」

「良かったねえ~! アハハハハハ!」

一口飲む毎に私は声を上げ、その度にトメさんが笑う。

「美味しいなあ~!!!」

「良かったねえ~! アハハハハハハハ!」

トメさんも私も、笑顔で甘酒を啜った。

「美味しい!!!」

「良かったねえ~! アハハハハハハハ!」

今までに飲んだどんな甘酒よりも美味しかった。決して大袈裟ではない。トメさんと私の二人で作った今日の甘酒は、世界で一番美味しい甘酒に違いない。

ユケメンE
モンドセレクション銀賞♡

「超美味しい!!!」

声に出さずにはいられない。

「良かったねえ~! アハハハハハハハ!」

トメさんも、面倒臭がらずに答えてくれる。

寒いけれど温かくて幸福な甘酒タイムは、あっという間に過ぎた。

「トメさん、ありがとうね。トメさんが作ってくれた甘酒、本当に美味しかった」

「本当? 良かったなぁ~! アハハハハハハハ!」

スポンジをお借りしてコーヒーカップとスプーンを洗い、トメさんを自室のベッドに誘導した。

「トメさん、繁盛するで、今度、甘酒屋さん出しんね」

「出したら手伝ってくれる? アハハハハハハハ!」

「手伝う、手伝う!」

「それじゃあ出そうかねえ! アハハハハハハ!」

トメさん印の甘酒屋。

メニューはコーヒーカップに注いだ甘酒のみ。

世界で一番美味しい甘酒の店。

そんな空想をしながら、私は幸福な気持ちでトメさんの自宅を後にした。

ユケメンE
そしてスピード違反と信号無視をして帰った。甘酒で酔っちゃったんだね(笑)

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

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