私が消えた後も世界は変わらず美しい『「死の医学」への序章』と『夜と霧』はブラベスト本

心に響く言葉

『「死の医学」への序章』

本書、『「死の医学」への序章』は、前立腺がんを患った精神科医・西川喜作氏の闘病記、ノート、手紙を題材に、ノンフィクション作家である柳田邦男が末期医療や人間の死生観について書いた本です。

「以下引用」

「死との対座とは、生を自分で見つめることにほかならない。死を考えるということは、やがて生きることにつながるのです」

 西川医師は、講演でしばしばそう語った。自分は若い頃、花がきれいだなどと思ったことがなかった。生が有限であるということを自覚することもなく、驕っていたからだ。しかし、この花は来年見られないかもしれないと思ったとき、その花をしっかりと見たいと思うようになり、美しさを再発見した。生きることの貴重さを自覚するのも、同じだ。自分はいま、死に直面して、今日という日を一所懸命生きたいと切望している。だから医療にたずさわろうとする者は、死と生を見つめる心を持って欲しい。― 西川医師は、そんな口調で医師や看護婦や学生たちに説いたのだった。

【『「死の医学」への序章』 柳田邦男〈やなぎだ・くにお〉(新潮文庫、1990年)】

私が経験した最愛の家族の旅立ち

私は余命宣告を受けるような病気にかかってはいませんが、西川医師が花の美しさを発見したのと同じような体験をしたことがあります。

私は、母親を亡くした後にその体験をしました。

以前にもこのブログに書きましたが、私の母親は『悪性リンパ腫』という突然の病で50歳の若さでこの世を去りました。

医療・福祉の従事者はバファリンであるべき理由
医療や福祉の現場で19年間、勤務してきた私は、一つの持論を持つに至りました。その持論とは医療・福祉の従事者は、『バファリン』であるべきです。

最愛の母親を失って悲しみのどん底にいた私を支配していたのは、悲しみを覆い尽くすように渦巻く怒りの感情でした。

『どうして、お母さんが、あの若さで死ななければならなかったのか! なんでだ!』

言いようのない怒りが、突然、自分の内部から噴出してきて感情が爆発しそうになるのですが、それをぶつける場所も見つけられませんでした。一人でいる時に、その感情の爆発が私を襲いました。運転中の車のハンドルを、力任せに殴りつけて拳が血塗れになったこともありました。

悲しみと怒りが、いつも私の心には渦巻いていました。

怒りと悲しみに疲れ果てて

どうしてそこを通ったのか今となっては覚えていませんが、母の葬儀の後、私は川伝いに自動車を走らせていました。寒さの厳しい十二月の事でした。凍てついた心は何となく捨て鉢で、運転も荒く、アクセルを普段より強めに踏み込んでいました。

『別にどうなったっていいや! トラブル、ドンと来いや!』

いつもそんな気持ちでいました。

荒んだ心でアクセルを吹かして高架をくぐり抜けた時、ふと、目に入った夕陽の美しさに突然、私は心を奪われました。

『なんてきれいなんだ!』

運転中にも関わらず、涙が止まらなくなりました。

夕日なんて見慣れている筈なのに、それまでに観たどんな光景よりも圧倒的な美しさでした。心が驕っていたせいで見落としていただけで、世界はいつもかけがえのない美しさで私を取り囲んでいてくれたのです。

私の頬を伝ったのは、明らかに悲しみとは違う種類の涙でした。

母親が闘病生活三ヶ月の末に亡くなったばかりという状況で、精神的に不安定であったことは事実としても、私はあの時の感動の後、身近な自然や景色を慈しむ心を持てるようになりました。だからといって、その後、すぐに悲しみが癒されたという訳ではありませんが。

アウシュビッツ被収容者たちの心を魅了した自然の美『夜と霧』

ここまで書いて私は、第二次世界大戦中、ナチスによって強制収容所に送られたユダヤ人医師、ヴィクトール・E・フランクルの著書、『夜と霧』の中の文章を思い出しました。

「以下引用」
 

 被収容者の内面が深まると、たまに芸術や自然に接することが強烈な経験となった。この経験は、世界やしんそこ恐怖すべき状況を忘れてあまりあるほど圧倒的だった。

 とうてい信じられない光景だろうが、わたしたちは、アウシュビッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルグの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。わたしたちは、現実には生に終止符を打たれた人間だったのに―あるいはだからこそ―何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ。

 また収容所で、作業中にだれかが、そばで苦役にあえいでいる仲間に、たまたま目にした素晴らしい情景に注意をうながすこともあった。たとえば、秘密の巨大地下軍需工場を建設していたバイエルの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射しこむさまが、まるでデューラーの有名な水彩画のようだったりしたときなどだ。

 あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの椀を手に、居住棟のむき出しの土の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく点呼場に出てこい、と急きたてた。太陽が沈んでいくさまを見逃させまいという、ただそれだけのために。

 そしてわたしたちは、暗く燃えあがる雲におおわれた西の空をながめ、地平線いっぱいに、鉄色(くろがねいろ)から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的な形を変えていく雲をながめた。その下には、それとは対照的に、収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。

 わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、だれかが言った。

「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

【『夜と霧 新版』 ヴィクトール・E・フランクル〈池田香代子訳〉(2002年、みすず書房)】

強制収容所の被収容者たちの心を奪った「美しい世界」の中に、私たちは当たり前のように暮らしています。

ありとあらゆる自然の中に、美は溢れています。

「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

そう言った誰かは、きっと、その瞬間だけは自分が番号しか持たない、明日の命すらも定かではない被収容者であることを忘れられたことでしょう。その短い時間が、どれほど被収容者だった誰かの心を慰めたことでしょうか。

繰り返します。

地獄の収容所に押しこまれたユダヤ人達の、絶望を慰められるほどの美しき世界で私たちは日々を過ごしています。

私たちはいつも心にとどめておくべきだと思います。

『この世界はどうしてこんなに美しいんだ』ということをです。そして、その美しさを感じられるのは、生きている間のごく限られた間だけなのです。

私は死ぬまでにあと何度、燃えるようなきれいな月を、どこまでも深い青い空を、赤く染まった美しい夕焼けを眺められるのでしょうか。

私もこれを読んでいるあなたも人生に与えられた時間は限られている

人間は当たり前ですが全員がやがて死を迎えます。今から百五十年後の世界には、今、地球上で生存している人間は、もう誰一人として生きていないでしょう。だが、私たちはそんな自分の生命の有限性を無自覚なままに生きています。

それが「驕り」なのだという事実を、西川医師の言葉は優しく諭してくれます。

死はすべての終わりではないと私は信じていますが、それでも人生は、誰のものであろうと絶対的に尊いです。誰もが唯一無二の自分の人生を、出来うる限り価値的に過ごしたいと願っているにも関わらず、本来は徹底して大切にしなければならない「時間」と「経験」を無為に消費してしまったりします。

こんな風に書いていますが、これは自分に対する戒めでもあります。

人生の有限性を心に刻みつけるために『死』を見つめる

「医療にたずさわろうとする者は、死と生を見つめる心を持って欲しい」 と西川医師は述べていますが、医療関係者だけではなく、私自身も含めすべての人が「死と生」を見つめる心を持たなければならない、と私は思います。

死は必然であるのに、「死」を遠ざけて忌み嫌うばかりでは、よりよい「生」を生き抜くための貴重なエレメントを放棄してしまうことに繋がるのではないでしょうか。

本書『「死の医学」への序章』と『夜と霧 新版』は、よりよく生きるために、すべての人にお勧めの二冊です。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

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