医療・福祉の従事者はバファリンであるべき理由

高齢者の看護・介護

私は男性の看護師です。平成10年より長期療養型の病院に就職し、勤務しながら看護学校に通って看護師の資格を取得しました。その後、デイサービスでの勤務を経て、現在は小規模多機能型居宅介護の施設で訪問看護師として働いています。

医療や福祉の現場で19年間、勤務してきた私は、一つの持論を持つに至りました。

その持論とは

医療・福祉の従事者は、『バファリン』であるべき

です。

バファリンの半分は優しさでできている

医療や福祉の現場で働いてきた私の経験から言わせてもらうなら、医療・福祉従事者の中で『この人って本当に優しい人だなぁ』と思える人はほんの一握りしかいません。

中には、優しさの欠片も持ち合わせてないような人まで働いているのが現実です。

私は26歳の時に母親を病気で亡くしました。悪性リンパ腫という病気が発覚して、入院生活三か月でこの世を旅立った母親は享年50歳でした。

その経験を踏まえて断言します。

医療・福祉の現場に携わる人は、絶対に優しくなければなりません。その人の半分は優しさで出来ているような、バファリンのような人でなければなりません。私の独断で言わせてもらうなら、残りの半分は、知識・技術・ユーモアです。

今日は、医療や福祉に携わる人には、絶対に優しさが必要である理由を書きたいと思います。

病気が家族のすべてを変えた

私の母は、病気らしい病気をしたことのない人でした。その母親が平成10年の9月に、悪性リンパ腫という病気になってしまいました。病気の発見と同時に、某市民病院で母親の闘病生活は始まりました。

それまでの生活は一変して、私たち家族は交代して24時間体制で母の病室に付き添いました。母親は余命三か月と宣告を受けましたが、私たちはそんな医者の話はまったく信じていませんでした。

奇跡が起きない筈がない。

母親の病気は絶対に治る。

しかし、病魔はどんどんと、ものすごい勢いで母親の体を蝕んでいったのです。

私たち家族から笑顔と日常は完全に消えました。

無理やりな希望と絶え間のない絶望、たとえようのない不安とやり場のない怒り、瞬間、瞬間に目まぐるしく移り変わっていく不幸の嵐に飲み込まれてしまいました。

母親のおむつ交換をする息子を置き去りにした看護師

愛する母親の重病は、私たち家族全員の神経を剝き出しにしました。医師や看護師のちょっとした表情や言葉遣いが、過敏になった神経に突き刺さってきます。

病気になる前には人の好き嫌いなど口にした事のない母親でさえ、「あの看護師さんは怖いから」と、その日に勤務している看護師の顔ぶれによって、用事があってもナースコールを押すのを嫌がる事がありました。

ある日、私が一人で病室に付き添っている時、母親が私に言いました。

「お兄ちゃん、ごめんね。便が出ちゃったみたい」

起き上がってトイレにも行けなくなっていた母親は、おむつの中に大便をしたと私に伝えてきたのです。

母親はナースコールを押すのを嫌がりました。

「お母さん、大丈夫だよ」

全然、大丈夫ではありませんでした。その頃の私は工事現場で働いており、赤ちゃんのおむつでさえ替えたことがなかったのです。

母親は50歳で私は26歳でした。

腎臓の機能が落ちていて、両足がパンパンに浮腫んだ母親のおむつ交換は本当に大変でした。

「痛い」

「お母さん、ごめんね」

私が慣れないおむつ交換に悪戦苦闘している最中に、一人の看護師が点滴の確認に母親の病室に入って来ました。

『助かった』

当然、その看護師が手を貸してくれるものだと思い込んでいた私は、少し安堵しつつも必死の思いで母親のおむつ交換を続けていました。

しかし

『……』

唖然としました。

信じられないことに、点滴の確認をした看護師は、何も言わずに病室から去って行ったのです。

「お母さん、ごめんね」

何の経験も、介護の技術も持たない私は、痛がる母親に謝りながらおむつ交換を最後まで一人で行いました。

母親が信頼を寄せていた優しい看護師

闘病生活を続けていた病棟に、一人だけ母親が信頼を寄せる看護師がいました。

いつも笑顔が優しくて、感じの良い看護師さんでした。

病気が進んでいくにつれて医療の素人である私達家族の言葉が耳に入らなくなっても、その信頼した看護師さんの言葉であれば母親が素直に聞き入れる場面もありました。同じ内容を説明しても、医療の素人である家族と、医療のプロフェッショナルである看護師とでは説得力がまるで違うのです。

その優しい看護師さんの存在が、病魔と命懸けで戦っている母親にとっては唯一の救いだったのだと思います。

病気を抱えた人やその家族にとって、信頼を寄せる事のできる医療従事者は心の救いであり、頼りになるエキスパートなのです。

私の母親は、闘病生活三か月の末にこの世を去りました。

病院や福祉施設で働くようになって知った現実

病院で働くようになって知った事実の一つに、多くの看護師は『白衣の天使』でもなんでもないという事実でした。

当たり前の話ですが、看護師は白衣を纏った『普通の人間』です。多岐にわたる業務に忙殺されて、優しさが完全にすり減ってしまっている看護師も少なくありません。しかし、中にはほんの一握り『白衣の天使』のような看護師も存在しています。

残念ながら、ほんの一握りです。

優しいのは心が温かいから

優しい看護師は、患者の些細な変化を見逃しません。相手が望んでいる事は何かを瞬時に見抜き、相手の望む無タイミングで必要な援助を行うことができます。患者や患者の家族が抱えているであろう不安を察知して、適切な助言や励ましを与えることもできます。

私が優しいと感じる看護師は、人情の機微がわかり、普段の何気ない会話の中にも人間的な温かみを感じさせる人ばかりでした。

私の尊敬する雀鬼、桜井章一さんの言葉に次のようなものがあります。

『心温かきは万能なり』

優秀で優しい看護師は心が温かいのです。

優秀で無い、優しくない看護師は心が温かくないのです。

苦しみのさなかでは普段の何十倍もの温度で温かさと冷たさを感じる

家族が大きな病を抱え、苦しみのどん底でのたうち回っているさなかでは人の温かさも、人の冷たさも、普段の何十倍・否、何百倍もの温度で感じられました。

ちょっとした冷たさであっても、それが『病』という苦しみを抱えた人間に向けられた場合には、直ちに凍え死んでしまう事もあるのです。

だからです。

だから、すべての医療・福祉従事者は優しくなければならないのです。

母親の闘病生活三か月の間に、何度、人の情けが身に染みて泣き、人の冷たさに怒りの涙を流したことでしょう。

私は、あの地獄のような三か月間を、生涯忘れることは無いでしょう。

私は毎日、福祉の現場に身を置き、病を抱えた自分の母親のお世話をさせて頂いているような気持ちで、看護・介護に取り組んでいます。

バファリンのような看護師を目指して。母親を安心させられるような優しさを根本に。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

Follow me!

コメント