看護師が見つめた23歳の青年の旅立ち⑩ 今日を生きる

生老病死

明け方の覚醒

母と子の幸せな光景を見た夜、私はいつもと同じように眠りに就いたが夜が明ける前に目覚めた。ベッドの中でまどろみながら、何故か、このまま起床して病院に信五君の顔を見に行こうかと思った。

『こんな時間に行ったら迷惑だろうな…』

そう考えなおした私は、朝まで寝付けない時間を過ごした。

夜が明けた六時、仕事の前にやっぱり病院に寄って行こうとベッドから起き上がった時に携帯電話が鳴った。

信五君のお母さんからだった。

お母さんの声

着信の画面を見た瞬間に、全身が虚脱したのを感じた。急いで電話に出ると、お母さんが言った。

「ザガー先生、ありがとうございました。信五、今日の明け方に旅立ちました…」

あの時、電話で聞いた信五君のお母さんの声を、私は一生、忘れることは無いだろう。その時、信五君のお母さんに何と声を掛けたのか、私は何一つ覚えていない。

葬儀

二月のひどく寒くて天気の良い透き通った日に、信五君の葬儀は執り行われた。

今日を生きる

信五君の切望した明日という今日を、当たり前のように私は生きている。

誰もが当たり前のように生きている今日と言う日は、世界中の幾千、幾万もの人々が切望しても迎えることの叶わなかった明日に違いない。

『生きたい』と、血のような涙を流しながら、それでも迎えることの叶わなかった誰かの明日が、私達に与えられた『今日』という一日なのだ。

人間は誰もが必ず命が終わる瞬間を迎える。『死』は誰人も決して避けられない。

信五君と過ごした時間を、信五君に与えられた宿命や寿命を、信五君のお母さんの悲痛と無念を、結局のところ何一つ信五君の助けになれなかった自分の不甲斐なさを、今でもふとした瞬間に思う。

私は毎日、信五君の冥福を祈る。

そして私は、与えられた『今日』という日を精一杯に生きる。

決して力まず、されど弛まず。

それだけが、信五君と信五君のお母さんの無念を晴らすために私ができる唯一の手段だ。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

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