看護師が見つめた23歳の青年の旅立ち⑨ 親子の幸福な時間

生老病死

嗚咽

「死ぬのが怖い…」

23歳の青年の悲痛な告白に、私は成す術もなく固まっていた。信五君は腕で顔を隠しながら、鼻を啜り続けた。

掛けるべき言葉は見つけられなかった。

「…ザガー先生…、…す、…す、…すみません…」

「…なんで、…なんで謝るんだよ…」

私たちは静かな病室で、二人で思い切り泣いた。

面会

 

仕事を終えた私は、その夜も信五君の病室に向かった。

「ザガー先生、来て下さってありがとうございます」

病室には信五君とお母さんがいた。

「今日は信五、すごく面白いんですよ」

お母さんの表情は穏やかで、優しくて、明るかった。少し面喰いながら、私はお母さんに促された丸椅子に腰を降ろした。正直、どんな表情をすればよいのかわからなかった。テレビがついていて、何かのクイズ番組が流れていた。

「あ、ザガー先生、今日も来てくれて、どうもありがとうございます」

信五君も笑顔だった。病気のことを知って再会してから、そんな風に信五君が笑ったのを私は見たことが無かった。口調も軽やかで、どこか楽しげだった。

テレビ番組で紹介されていたフィンランドの映像を観ながら、信五君が言った。

「フィンランド、懐かしいなあ」

信五君の言葉を聞いたお母さんが、笑いながら答える。

「そうだねえ、信五、懐かしいね」

「フィンランドに行ったことがあるの?」

私の質問に信五君が楽しそうに返事をする。

「あるような、ないような」

その言葉を聞いてお母さんが声を立てて笑った。

「信五、外国なんて行ったことない癖に、何言ってるのぉ~!」

お母さんの春の日差しのような声につられて、信五君も私も声を上げて笑った。

親子の幸福な時間

その夜に私が病室で見たのは、母と子の眩しいほどに幸福なひと時の光景だった。

いつになく饒舌な信五君の元気な様子に安心した私は、病室でしばらく時間を過ごした後、いつもよりは短めに面会を切り上げることにした。

貴重な母子の時間を邪魔したくなかった。

帰ることを告げてイスから立ち上がろうとした私に、信五君が表情を真剣なものに切り替えて言った。

「ザガー先生、俺、絶対に病気になんて負けません!」

私は信五君の顔を見つめた。

「ザガー先生、俺、絶対に病気になんて負けません!」

ハッキリと同じ言葉を、信五君は力強く私に向けて言った。

「ザガー先生、ありがとうございます」

顔や身体の全体から、目には見えないエネルギーが溢れ出ているような力強さがあった。その顔を見た瞬間、何故だか私は涙をこぼしそうになっていた。嬉しさとも、悲しさとも違う、何とも言えない不思議な感情に包まれていた。

「信五君、信五君なら病気に勝てる。いや、もう勝ってるよ」

私の心からの思いだった。

私の言葉を聞いた信五君は笑顔で大きく頷いて、手を差し出しながらもう一度言った。

「ザガー先生、ありがとうございます」

私は信五君の手を握った。

私も信五君も笑顔だった。

 

⑩へ続く

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

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