看護師が見つめた23歳の青年の旅立ち⑧ 病魔との対峙 

生老病死

るい痩

信五君が再入院してから、私は毎晩、仕事が終わっても自宅には戻らずに病室に顔を出した。日に日に、信五君はやせ細っていった。食事もまったく摂れなくなり、高カロリーの輸液を心臓に近い太い静脈から流し込む中心静脈栄養が施された。

私が病室にいる間、信五君は眠っている時間が増え、覚醒していても意識が朦朧としていることが多くなった。

ハンサムだった信五君のやつれた表情を見るたびに、私の脳裏に『死相』という言葉が浮かんできた。顔の相の急激な変化が、信五君の体内に巣くっている病魔の恐ろしさを雄弁に物語っている。

正直、信五君の病室を訪れるのが恐ろしかった。現実を目の当たりにすることが怖かった。

「医者が何て言おうと、信五君が病気に勝つことしか信じていないです」

『ほんの数日前に信五君のお母さんに言った言葉を、自分は本当に本気で信じられているだろうか?』

『俺が弱気になってどうするんだ!』

信五君の急激な外見の変化に弱気になり、『死相』などという言葉を連想している自分を張り飛ばした。

『気合いを入れろ!』

誰よりも不安を感じているであろう信五君と強気で対峙するために、病室に入る前に立ち止まり、毎回、一つ深呼吸をしてからドアをノックした。

対峙

私が病室に入って行くと、信五君は少しギャジアップしたベッド上であおむけに横たわり、天井を睨むように眺めていた。険しい表情がどこか攻撃的に見えた。

「ザガー先生、どうして毎日来るんですか?」

私の入室に気が付いた信五君が挨拶も無しに言った。私に向け直した視線は、険しくて攻撃的な光を宿したままだった。信五君は私の目を真っ直ぐに見ていた。私の一挙手一投足から必死に何かを探り出そうとしているような、不信感と憤りを含んだ眼差しだった。

非難を含んだ質問に落ち着いて答えるために、私はベッドサイドに丸椅子を移動させて腰を降ろした。

「どうしてそんなことを聞くんだ?」

「こうやって毎日、毎日、病室にやって来て、何にも言わずにベッドサイドに座ってるだけの日もあるし、いったい何が目的なんですか?」

剥き出しの敵意を、そのまま言葉にのせるように信五君が叫んだ。

「毎日、こうやって俺がやってくるのが負担なのか?」

私の質問に信五君は何も答えなかった。黙って私を睨んでいる。

「俺が毎日、ここにやって来るのは、お前を病気に勝たせるためだ。それ以外に目的なんてないよ」

私の言葉を聞いて、信五君は驚いたような表情になった。

「ベッドサイドに座って心の中から、お前が病気打ち勝つようにって念じている。そんな事には何の効き目もないかも知れないけど、それしか俺にはできない。俺は、絶対に、お前に病気に負けて欲しくない」

薄暗い病室で、私は信五君と真剣に対峙した。

もしかしたら自分が死んでしまうかも知れないという差し迫った恐怖を、残念ながら私は一度も経験したことがない。食事もほとんど摂れなくなり、人工肛門を造設され、体重が激減した信五君が苛まれているであろう憤りや恐怖を、私は想像することしかできない。

私は無力だった。

それでも、信五君に投げかけた言葉は、私の嘘偽りのない本心だった。

「何にもしてやれなくてごめん。でも、俺は、全力で信五を応援してる。だから何もできなくても、仕事が終わったらとにかく来ちゃうんだよ」

私がしているその行為は、押しつけがましい、単なる自己満足なのかも知れなかった。

「なあ信五、毎日、俺がやって来るのが負担になっているのか? 信五の気持ちを、本音で話してくれていいんだよ」

私の言葉を聞いた信五君は大きな息を吸い込んだ後、声を上げて泣き始めた。

私はただ黙っていた。

泣きたいだけ泣けばいい。

絶句

どれだけ時間が経っただろうか、ひとしきり泣き続けた信五君が、嗚咽を交えながら私に言った。

「僕は、し、し、し、死ぬのが怖いです…」

私は絶句した。

信五君の絞り出した言葉に対して、私は何も答えてあげることが出来なった。

ベッドの上で泣き続けている信五君を、私は必死に涙をこらえながら黙って見ていた。

⑨へ続く

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

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