看護師が見つめた23歳の青年の旅立ち② 空手の教え子と再会する

生老病死

10年ぶりに顔を合わす

山城さんにエレベーターで連れていかれたのは、市民病院の7階にある消化器外科の病棟だった。ナースステーションを通り過ぎた山城さんは、ある個室のドアの前で立ち止まって手指消毒をするとノックをしてから病室の中に入って行った。

「信五、お客さんだよ」

山城さんに続いて、私も病室に足を踏み入れた。

「オッス、こんにちは」

私の訪室と挨拶に、点滴をしながらベッドに横になっていた信五君が起き上がろうとした。

「あれ?」

私の顔を見た信五君が動作の途中で声を出す。

「いいから、いいから、起きなくていいから」

私の言葉を聞いても信五君は起き上がるのを止めなかった。ベッドに端座になりながら、私に驚いた顔を見せながら言った。

「ザガー先生!」

10年ぶりに見る山城信五君は、中学生の頃の面影は残っているものの、もう立派な青年だった。

「おう、久しぶり。元気か?」

大腸がんの再発で入院し、ベッドで点滴に繋がれている青年に向けて私は笑顔で言った。アホである。

信五君は私の言葉を聞いて無言で笑った。

「お母さん、びっくりしちゃって。ほら、さっき信五とザガー先生の話が出たばかりじゃない? そしたら、前からザガー先生みたいな人が歩いてくるもんだから(笑)」

山城さんの説明を、信五君は微笑みながら聞いていた。空手をやっている時から、信五君は物静かな子だった。空手のセンスはあるのだが、闘争本能を剥き出しにするようなタイプではなかった。どちらかと言うと感情表現が少ない子供だった。

「お母さん、嬉しくって思わず、『ザガー先生、お久しぶりですね』って声かけちゃった」

「そうなんだ」

「ほら、信五も『ザガー先生、元気かなあ? あの先生ならきっと元気だよねぇ』って言ってたじゃん」

「うん、言ってた、言ってた(笑)。あ、ザガー先生、どうぞ座って下さい」

信五君に促されて、私は置かれていたパイプ椅子に腰を降ろしながら言った。

「って言う訳で突然だったから、お見舞いとか何にも持ってないから(笑)」

気合を入れる

「信五、お母さん、信五の病気の事、全部、ザガー先生に話しちゃった。ザガー先生の顔見たら、話さずにはいられなくて。それで、信五の顔を見て、気合いを入れて欲しくて。お願いして来て貰っちゃった」

「うん。僕も気合い入れて貰いたかった」

血気盛んな若い頃の私は、空手の道場で生徒たちにはとにかく『気合い』を入れさせていた。『気合い』とは、大きな声を発して、内部の気と精神力を高める行動のことだ。

「信五、お母さんから、全部聞いた。そんな病気になんか負けないように、俺がちょいちょい気合い入れてやりにくるから」

気が付いたら口から勝手に言葉が出ていた。何だか知らないけれど、信五君の病気をやっつけるためなら、できる事だったらなんでもやってやるっていう気持ちになっていた。

「先生、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「いいのか? 一度頼まれたら、お前が嫌だって言っても来るぞ?」

「来て欲しいです。先生の顔を見たら、何か元気が出てきました」

私たちのやり取りを見守りながら、山城さんが涙をこらえているのが判った。山城さんはきっと、いくつもの眠れぬ夜を越えてきたに違いない。

「おっし、信五、気合い入れてけよ! そんで病気に勝つぞ!」

「押忍!」

空手をやめて10年近く経っている筈の信五君が、何故か私に向けて「押忍!」と、空手の道場でしていた挨拶をした。個室とは言え病院だったので声は大きくなかったが、気合いは充分だった。

「おっ、いいねえ! 信五君、気合い、充分じゃん(笑)」

目には闘志が燃え盛っていた。

その目を見た瞬間から、私は、信五君の病気をやっつけるためだったら、出来ることだろうと、出来ないことだろうとなんだってやってやるっていう気持ちになっていた。

 

③へ続く

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

前に進む。たとえジグザグであろうとも。

 

 

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